強さという名の毒薬


-殿が怪我を負ったのも、己の未熟さのせいだ…−

郷田領が基秀・戸田軍の急襲を受けて早1ヶ月。
国中がしばしの平安をかみしめている中、東忍流の忍びの里でもまた同じように平穏な暮らしに戻っていた。
ただ、兄弟子の龍丸が行方不明になり、里の人間たちの間には若干の空虚感が漂っていた。

真夏の陽光がぎらぎらと照りつける中、力丸は郷田松之信を基秀の不意打ちから守れずに
怪我をさせてしまったことに自分の責任を強く感じ、修行に明け暮れていた。
-兄者も生きているかさえわからん。俺がしっかりしなくてどうするんだ…。-
力丸もまた龍丸がいなくなったことによって不安を感じていた。
そのこともまた彼を追い詰める要因の一つとなっていた。

トス・・・・ッ!
手裏剣が小気味良い音をたて、的に当たった。
「くそっ…」
五つ目の手裏剣も的の中心から外れた部分に当たっていた。
-未熟だ…そして無力だ…-
ふらふらと近くの川まで辿り着くと、彼は水の中に頭をうずめた。
川の水の冷たさが、火照った皮膚を優しくなでてゆく。

「・・・・・    ・・ ・・・・・」
ふと声がして、力丸は水中から顔を上げた。
いつの間にか、彩女が川の向こう側にたたずんでいた。
「こんな暑い中、朝っぱらから鍛錬してんだ、集中力が切れてくるのは当たり前だろ。」
「なんだ、見てたのか…」
彩女は無言で頷いた。どうやら彼女なりに心配しているようだった。
「あんた一人で追い込む事は無いんだ…。そうやってますます暗い表情(かお)しちまって…
こっちまで暗くなっちまうってんだよ、まったく。」

彩女も、想いを寄せていた龍丸が安否不明の事態に陥ったことにより相当の虚無感を感じているはずであったが、
哀しみを表に出さず、今まで通りに振舞っていた。
珍しく自分のことを気に掛けてくれているのか、と少し嬉しく思ったが、
既に自分を追い詰め、自分の世界に篭っていたので、やがてそれはいらぬ心配に変わっていった。

「お前が気にしなければ良いだけだ。俺はもっと鍛えなければならん」
「なんだい、その言い方。あたいはただあんたが・・・」
「俺はお前のように天武の才に恵まれていないんだ。だからこうやって努力するしか・・・」
言いかけて、力丸はやっと正気に戻った。その言葉は彩女を予想外に傷つけていたのだ。

「うるさい、このトーヘンボクッ!!あんたなんて一生修行してろっ!!!」

いつもは無気力な彩女の怒った表情を、とても久しぶりに見た。
前にこんなに怒ったのはいつの事だったか・・・。

そう、思い出を辿っているうちに彩女は駆け出していた。
「あっ、ちょっと待て・・・!」
声を掛けて追いかけようとしたが、彼女の足は速く、すぐに見えなくなってしまった。
「……ま、夕飯時になればそ知らぬ顔で戻ってくるだろう。」
力丸は更に鍛錬を続行した。

陽がすっかり傾くころには力丸はすっかり疲れ果て、帰路をとぼとぼ歩いていた。
「今日の夕飯は何にしたら良いものか…大根はあったかな…」
その時、遠くに雷鳴を聞いた。夕立である。
「くっ…夏の天気は変わりやすいものだ…」



「おや、彩女は一緒じゃないのか?」
「はぁ…多分そのうち戻ってくるでしょう」
「まぁそうじゃな。うむ、この大根汁、味噌の味が薄いの・・・・・・」
師の紫雲斎はかなり能天気に夕餉(ゆうげ)をたしなんでいる。
外は薄暗くなり、勢力を弱めながらも雨は降り続いていた。ただの夕立かと思ったら天気が悪化したようだ。



師匠が自分の部屋へ入った。
彩女の膳はまだそのままで残っている。

-力は…まだ良い方じゃないか…-

彩女はまだ怒っているんだろうか・・・

-初めから…知らない方が幸せだよ…-

雨に濡れていないだろうか・・・

-なんだい!あんただけが―――――

いや、あいつの事だ。きっと姫様のところに遊びに行っているのだろう。
だが…
どうしてさっきから幼い時の彩女の姿が思い浮かぶのだろう。

‐あんただけが辛い思いしてるわけじゃないんだよ!!‐

その瞬間、力丸は夜の雨の中を駆け出していた。
思い出したのだった。
彩女が怒りの表情を見せた時の事を。



彩女が紫雲斎から忍びの里に連れられてきて、さほど経っていないころであった。
そのころ、ちょうど力丸は自分の出生について悩んでいた時期でもあった。
なぜ、自分には両親がいないのか――…師匠に聞こうにも、いずれ話すと言われるのが決まりであったし、
問い詰める事によって現在の幸せな暮らしを壊してしまうかもしれない、というような事を10歳にして感じとっていたのだった。

その日は彩女と一緒に、いつもより長く話をしていた。
初めは他愛も無い話だったのに、いつの間にか自分の両親の事について切り出していた。
「オレは親の顔を全然見た事が無いんだ」
「ふゥん・・・でも力はまだまだ良い方じゃないか」
「おもんはちゃんと育ててもらったから、オレの気持ちなんてわからないよ」
「・・・・・・」
「一目でも母上の顔を見てみたいんだよな…」
「初めから…知らない方が幸せだよ…」
おもんは目を伏せながら呟いた。
しかし、その言葉に力はついカッとなってしまった。
「そんなこと言って!お前はじゃあどうして師匠から連れてこられたんだよ!?どうして今ごろここに来たんだよ!」
彩女の顔はとたんにひきつった。
そして、今日のように駆け出していったのだ…。



「彩女・・・」
彼女は忍びの里から少し離れた所にある、山の中の川辺にたたずんでいた。
そこは子どもの時に怒って駆け出した時もいた場所だった。
「帰ろう、俺が悪かったよ…」
彩女は力丸のことを見ようともせず、じっと川の流れを睨みつけている。
「昔の…今日みたいにお前を怒らせた日の事、思い出した」
「俺は昔から成長してないな…同じ間違いをまた犯してしまった」
先ほどから降り注ぐ雨はようやく霧のように細かくなってきていた。
「お前も辛いんだよな…兄者も帰ってこないし」
力丸は彩女に近づくと、後ろからその小さな肩を抱きしめた。
雨に濡れてかすかに震えていた。

「すまぬな、いつもお前に助けられてばかりなのに…お前の気持ち、いつも分かってやれなくてすまぬ…」

「・・・・・・・・・なんだい、素直に謝っちまってさ。気色悪いってんだよ・・・・・・」





翌日、長時間雨に濡れても、彩女はいつも通りケロリとしていたが、力丸は疲労もたたって熱を出した。
「あーあ、身体が弱いところも昔っから変わってないんだな…力さんは♪」
「うるさい・・・・・」
彩女が忍びの里に来た理由は、あの出来事以来全然触れていない。
また、自分の親に関する事もさほど気にならなくなっていた。

だが・・・
“彩女は…俺よりも辛い思いをしたから、こんなに強くなれたのだろうか……”
力丸は彩女の持ってきた粥を食べながら幾度となく考えるのだった。

―終劇―



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なんだか終わりそうに無かったので、無理矢理終わってしまった感バッチリな話でした★
あと、最初の方と後の方がテンポ(?)が微妙に違います。
最初の方は出たくもない授業に出た時に、最後の方は昨日眠い時に書いたものなので・・・((オイ

私は力彩話を作る時は、過去と絡ませて書く事が多いです。
今回もそれがメインになったのかな?結局((自分で把握してないよこの人
アクワイアの公式の天誅弐サイト、主人公3人の過去の設定なども詳しいので、そちらを参考にしてもらえれば宜しいかと!
もう彩女ちゃんの設定切なさすぎですよ!!!

そろそろ腕が疲れてきたのでこの辺で。
次に小説書くときはもっと考えてきますわ〜。